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しじみ先生とフードコンシャスネス的こころ
第18回 食と命にも権利がある

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shinagawa ごきげんよう!「こころで食べる 味わい教育」を実践しているしじみ先生こと学習院女子大学の品川明です。
 さて、今回はフードコンシャスネス教育の特徴の一つ、食と命の権利を紹介したいと思います。食には本来、食が主張したい権利があります。食の権利とは何でしょうか。


 一つ目は、食は本来生き物であり、命であり、有ることが難しい存在だということ。
 食は有り難いものとして感謝の対象でもあります。私たちが口に入れるもののほとんどは生き物または生き物から産まれたものです。そこには命の存在があることを忘れてはいけません。これは「有り難うの心」(詳細は第15回「食に対する有難うの心」)に通じます。


♪生態系の中でのあるべき姿形


 二つ目は、食には生態学的な意義があり、その役割を担って存在していることです。
 地球上では、生き物は食うか食われるかの生存競争に置かれています。そのために、肉食の動物は草食やより小さな肉食の動物を餌とします。草食の動物は植物を餌として、生態系ピラミットの配置の中でその役割を担っているのです。これはひふみよいむなやことの心(詳細は第14回「人と生き物の関係~ひむいよいなむやこと」)に通じます。


 三つ目は、食は生態系の位置の中で、あるべき姿形を有しているという点です。
 考えてみると動物や植物は多様な形や色があります。あるものは硬い甲羅や殻に覆われたり、また、あるものは軟らかい甲羅や殻に覆われたりします。これは、生息している場所に活きるための工夫であり、特徴でもあります。これらは食としての生き物の特徴でもあり、味わいに影響する重要な視点です。

 

♪食は日々変化する


 四つ目は、食には食べ頃があり、食べてもらいたい時期があるということ。
 食べ頃とは人が食べ物として生き物を捉えている視点です。食べてもらいたい時期とは、生き物が自分自身をいろいろな生き物に食べてもらいたいと欲する時期のこと。
 同じことをいっているようですが、私には全く別の感覚です。生き物が食べてほしいと欲する時期は成熟期であったり、色の変化がおこったりする時期でもあります。その頃に食は甘味を増し、うま味を蓄え、エネルギーに満ちています。これは生き物の生き様をはじめから観てこそ、はじめてわかることかもしれません。


 五つ目は、食は生きているからこその変化です。食は収穫や漁獲後も呼吸し、生きるために活動しています。例えば、植物であるダイコンは生きているからこそ、葉っぱから水分を放出します。スーパーでトレーに入って並んでいるシジミやアサリは水がないのに、生きていくためにエネルギーを作り、味わいに影響する成分の構成を変化させています。(詳細は、第2回「真水で砂抜きするとシジミはまずくなる」)
 食が日々変化することを知り、その特徴を知ることは食を活かしていることに通じます。


♪部位によって味わいも多様


 六つ目は、食は部位による特徴があり、同じ生き物でも一様でなく変化に富んでいることです。
 例えば、長崎県のこぶ高菜は、茎ひとつを比べても、根の付け根の部分と葉に近い部分でも味わいが全く違います。また、葉の部分でも葉脈が太い部分と葉先の部分では、硬さや香りの点など違いが観られます。生き物が持つ、味わいは多様であり、それを感じてほしいと生き物は欲しているかもしれません。

 

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♪いただくことにも意味がある


 七つ目は、食はその命をすべて引き継ぐことを意味し、いただくことやご馳走になることにも意味がある点です。そのためには食を命と捉え、その存在を尊重し、無駄にしない節度ある姿勢が問われるのです。
 今、人々は食に対して、真摯に向き合っているでしょうか。食を命として、尊い存在として有り難く思っているでしょうか。4つの心に通じます。特に、勿体無いの心です。


 八つ目は、食は生産する人の想いを反映する存在であったり、御飯を作る人の想いを生かす存在であったりする素晴らしいものだということです。
 命を生産する人として、農家や漁師さん達は命(食)を慈しむように育んでいます。彼らは太陽や空気、水や大地と生き物通しのつながりを感じて食を培っています。また、その食を頂くとき、食の味わいを活かして作る人も命と命をつなぐ存在として、食(命)の権利や価値を伝えているのです。


♪食は地域の文化


 九つ目は、食は地域から産まれた生き物であり、文化の中心でもあります。食は風土に合うもので地域性の高い生き物です。風土で培った風土の食は風土の味わいがあります。地域で産まれた食は地域の文化の中心であり、郷土の人が美味しいと想う存在でもあります。地域の食を尊重し、地域や異文化で産まれた食を尊重することは大切な姿勢でもあります。


 最後の「つ」の無い「十(とう)」は、あなた方が想う食や命の権利です。食が我々と同じ生き物として地球上に存在していることやつながりを感じたとき、あなた自身が想う食の権利になることでしょう。
 このような食への想いは、人の意識改革へと発展し、社会性や市民性が育まれる根本なのかもしれません。


 次回は味わう権利について、お話したいと思います。
 それでは、ごきげんよう!

 

 




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